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日本と大麻の深い歴史 — 縄文時代から現代まで

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日本における大麻草(麻)の歴史は、考古学的に 縄文時代まで遡る(およそ 1 万年以上前)とされる。古来は 繊維・食用油・神事の素材 として日常生活と密接に結びついていたが、1948 年の大麻取締法成立を境に「神事と一部産業用」へと制限された。本記事では縄文から 2024 年改正までを通史で整理する。

概要

  • 縄文時代の遺跡から麻の繊維と種子が出土していると報告されている
  • 神道では麻が「祓い」の儀礼に用いられてきた(おおぬさ・注連縄)
  • 江戸時代まで衣類・紙・油の主要素材
  • 1948 年 大麻取締法 成立(GHQ 占領下)以降、所持・栽培が原則禁止に
  • 2024 年改正大麻取締法 で医療用大麻の利用枠と産業用ヘンプ栽培制度が再整理されたとされる

詳細

縄文・弥生・古墳時代

福井県の鳥浜貝塚など複数の縄文遺跡から、麻の縄や種子が出土しているとされる。考古学研究では、当時の麻が衣類・漁網・調理用に広く利用されていたと考えられている。弥生時代以降、稲作とともに麻栽培が広まり、各地で繊維・種子・油の供給源として定着したと報告されている。

神道と麻

神道の文脈では、麻は古来「穢れを祓う神聖な植物」と位置づけられてきた。

  • 大麻(おおぬさ): 神事で振り祓いに用いる神具
  • 注連縄(しめなわ): 神域の境界を示す縄。伝統的に麻を芯にすることがある
  • 伊勢神宮の御札 (神宮大麻): 全国の家庭に配られる御札で、「大麻」の名を冠している

これらは現在も継続している伝統行事である。

江戸〜明治・大正

江戸時代まで、麻は庶民の衣類(麻布)、漁網、紙、種子油などの主要素材であった。各藩は麻を年貢として徴収する制度を持っていたとされる。明治以降は産業用作物として継続され、第二次世界大戦までは日本各地で麻栽培が広く行われていたと記録されている。

1948 年大麻取締法

GHQ 占領下の 1948 年、大麻取締法が制定された。これにより、

  • 大麻の栽培は都道府県知事の免許制に
  • 免許を持たない者の所持・譲渡・栽培が禁止
  • 医療使用も原則禁止(当時)

という枠組みが成立した。背景には、戦後アメリカが主導していた国際的な麻薬規制路線(1961 年単一条約への前段階)があったとされる。これ以降、日本では麻栽培は急減し、神事用や産業用の特殊用途に限定された。

戦後〜2010 年代

戦後の麻栽培者数は減少を続け、2020 年代には全国で数十軒規模となった。一方で、伊勢神宮の御札用麻、各地の神社の注連縄用麻、無形文化財に関わる素材としての需要は維持されてきた。CBD 製品の海外からの流入は 2010 年代後半に増加したが、Δ9-THC を含まないものに限り合法とされ、含有検出時には指定薬物制度などで規制対象になる事例が報じられている。

2024 年改正大麻取締法

2024 年に成立した改正大麻取締法では、以下が再整理されたとされる。

  • 大麻草由来医薬品(海外で承認されている Epidiolex 等を念頭)の臨床利用への枠組み
  • 「使用罪」の新設(これまで日本では所持・譲渡・栽培罪はあったが使用罪は無かった)
  • 産業用ヘンプ栽培の認可制度の整理と、THC 含有量基準の整備

施行は段階的に行われており、詳細な運用は厚生労働省令などで定められている。

現在の論点・最新動向

文化遺産としての麻

伊勢神宮御札、各地の祭祀、無形文化財に関わる麻栽培は、文化財保護の観点から継続が議論されている。栽培者の高齢化と新規参入の難しさが課題として指摘されている。

産業用ヘンプの再興

2024 年改正法のもとで、産業用ヘンプ(THC 低含有品種)の栽培認可枠組みが整理された。繊維・種子油・建材・CBD 原料など、用途別の規制と支援策が今後の運用で具体化していくとされる。

医療用途への注視

Epidiolex のような大麻草由来医薬品の国内承認、臨床試験の進展は、関連する医療現場と患者団体から注視されている。

まとめ

日本における大麻草は、縄文時代以来の長い歴史と、1948 年以降の厳格な法的規制という二つの顔を持つ。文化的・宗教的伝統は現在も生きており、2024 年改正法のもとで産業用・医療用の枠組みが再整理されつつある。日本国内における大麻草・大麻製品の所持・使用・栽培・輸出入は引き続き法令で規制されているため、歴史的・文化的関心と現行法の遵守を分けて理解することが重要となる。

出典

出典 — Sources

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